子供以上に大切なもの?

男も女も働く時代です。サザエさんやちびまる子ちゃんの家庭が一般家庭ではありません。

より良く働くには、勉強は欠かせません。昨今はオンラインで受講できる学びも増えました。

小さい子がいる家庭には、家を空けなくていいオンライン利用はありがたいですね。

しかしオンラインだからといって、子供から手はおろか目まで離れてしまう。しかもそれが、学びのスケジュールの関係で頻繁になってしまう、というのは問題です。夜遅い時間、日祝日、子供は親に、目も手も掛けて欲しいものです。

子供は親の喜怒哀楽に敏感です。

『親の心自分にあらず。』な認識をしてしまった子供の気持ちは言わずもがなです。

家族の幸せのために始めた学びが、家族の絆を儚いものにしてしまう皮肉な結果は避けたいですね。

喋りたい教えたい

指導者なんてのは基本『教えたがり』なので、聞いていようが無かろうが次から次へと、それこそ『良かれ』と思って喋るのだけれども、聞く側はその長さとボリュームに疲れてしまい、その内容をおよそ覚えていないという悲劇が往々にして起きてしまいます。

それを、「聞く側(生徒側)のヤル気の無さ」と断ずるのは教える側の怠慢であると思うのです。 Continue reading “喋りたい教えたい”

中学公民の重要性

昨日は衆議院選挙🗳

投票率は、高くはならないよな‥‥と思うこと自体、なんだか自分や国を肯定していない気がしてモヤっとするのですが、せっかくの権利、行使しないわけにはいかないのです。

3で、公民にイマイチ面白みを感じない、とボヤく生徒には、以下のようによく語ります。 Continue reading “中学公民の重要性”

国語の勉強は役に立ちます!

巷のSNSで、溢れる集客系?自己啓発系?広告。

興味も無いのにいくつか余計な優しさでクリックしたら、頭のいいAI様が「興味があるのですね!」と、ドンドン表示してくれるのです。

そしてさらに余計なお世話で、「??」な日本語にフォーカスしてスクショして貼りつけて晒す優しさ。

まずは1発目 Continue reading “国語の勉強は役に立ちます!”

都合よく〝特性〟

最近、特に〝心の病気〟というか、『私の取り扱いについて注意して欲しい。』といった感じに主張する人が多いなぁ‥と思うので、当塾個人指導部門を任される立場から感じることを少々。

〝追い詰められ待ち〟や〝眠る力の発動待ち〟では、望むものも叶いません。

追い詰められた時はもう終わっています。 Continue reading “都合よく〝特性〟”