最近、特に〝心の病気〟というか、『私の取り扱いについて注意して欲しい。』といった感じに主張する人が多いなぁ‥と思うので、当塾個人指導部門を任される立場から感じることを少々。
〝追い詰められ待ち〟や〝眠る力の発動待ち〟では、望むものも叶いません。
追い詰められた時はもう終わっています。
真に追い詰められてからの反撃が成功する人は、日々成果を出し続けたい意思はあれども、なかなか思うようにはいかない、けれども「何とか良い結果を出したい!」と、楽な方向に溺れ続けることなく、もがき続けて抵抗しています。
「何となくうまくいったらいいなぁ。その時が来ればそれなりに自分はやれるんじゃないかな?」なフンワリした自信では、うまくいくはずはありません。
そういう意味で、キチンと診断を受けてはいても、自身の障がいを、したい放題(本人の意思の尊重)の免罪符にしないことが大切かと思います。
障がいが、どう頑張ってもしたいことができないほどの本当のレベルであるならともかく、生活リズムや食生活を整えれば抑えられる程度の障がいは、できない理由にはならないと思います。
〝グレーゾーン〟も色々ありますが、当塾があまりその診断がある、とされる子を積極的に受け入れていないのは、「君は本来普通にもっとできるはずだ。」な子が殆どだからです。
単に自分に甘いだけな性根を、いかにもな障がいを名付けられたことで正当化していないか?
他人の気持ちを無視して自分の我儘だけを通そうとしているだけなのに、
それを〝個性〟や〝特性〟に都合よく言い換えていないか?
食べ物の改善と夜更かしと長時間のデジタルデバイスの使用をやめれば、普通か普通以上にできるのでは?
そういった見立ての子がほとんどなのです。
期待があるから口惜しくて腹立たしい。
できるだけ思春期真っ最中の世界観を尊重して接してやりたいのですが、自分の気持ちばかり優先し過ぎて魂の安売りをする生徒には、残念ながら掛けてやる言葉がないのです。
そうなると、手厚く、手取り足取り優しく、そして残酷に扱ってくれる指導者はたくさんいるので、そういう所で勉強を頑張ればいいのではないか?と思うのです。それなりの結果が出て、それなりに生きてはいけるでしょう。