大人の国語講座と『死亡の塔』

大人の国語講座は

・日本語マナー講座ではない

・売れるキャッチコピーを伝授する講座ではない

では何が目的か?

かつて学生時代に習った国文法を改めて学び直す

普段何気なく勢いで書いているLINEやインスタなどの文章の、ヘンなところに気づき、直せる

自己表現力が上がる

自分自身やスキルに対する信用が増す。

これが、目指すところです。

稚拙(アホ)な文章では幼稚(アホ)に見られます。

こんなご時世なので、『楽して在宅でスマホ一台で、これだけ儲けました!』などと公言できる人は、ハッキリ言って『苦しくて、でも外へ出て仕事をしなくてはならなくて、しかし僅かしか儲けは無い』という人のことをまるで考えていません。

「そういう人の方を向いていない。向くとそちらから〝負〟のエネルギーをもらうから。」

と多分返すのでしょう。

世界が違うとか、ステージが違うとか、言い出すのでしょう。

あなたはどこのステージに立つつもりなのでしょう?

「ゴールは無い、成長し続ける!」などと、また返すのでしょう。

そういう方は『死亡の塔』という映画をご存知でしょうか?それに出てくる〝塔〟がいかがなものか?

〝塔〟というくらいだから、どこかにドーンとそびえ立っているものを想像するでしょう。

違う!地下に向かって反対に立っている(めり込んでいる)のです。つまり最上階は1階。

上に登るということは‥‥どんどん下に下がるということ!

自分では上に上がってステージを上げていると思っているが、実はどんどん下に下がっている!

欲しいのは金ではなく、総合的な幸せなはず。お金は一時的に入っているかもしれない。しかし、どんどんどんどん本来のあなたの素晴らしさ、愛らしさは消えている。

そんな大人では、子供は絶対に、成績は良くなることはあっても、幸せにはならないと思います。

人間としての本来の生き方を見せてないのだから。礼儀、節度、人と人の触れ合い、心のありようを示さなくて、何を教えますか?愛されること、愛することがどれだけ人生で大切か、それを子供に伝えなくては。

その伝える力の一つとして、国語力を磨く価値は大きいと信じます。

単に大人として過ごしているだけでは、言葉は磨かれません。ビジネスセミナーを受講しても、基本の言葉の知識がなければ、せっかくの仕事も、単なる〝主婦の仲良しお仕事ごっこ〟に終わります。

幼稚な言葉の紡ぎで自身のスキルやビジネスを紹介しても、レベルの高い価値のあるものとは見てもらえません。

せっかくの素晴らしいスキルを、ただ国語力が無いだけで低く見られるのは、残念ですね。