昏(くら)い目をした生徒が時折います。
地元の高校は数あれど、どこが偏差値が高くてどこが低いか、昔と今では勢力図は変化しています。
それなのに「あそこはレベルが低い(or高い)」と、ぼんやりとした情報で学校イメージを形作っているケースがよくあります。
「どこぞの学校に入れたら成功者」ということはない、と大方の人は分かっているはずなのです。しかしまだまだ、古いイメージと〝入口主義〟が跋扈しており、こちらの訴えが届かないことがあります。
これからの子供に、「こんなはずじゃなかった‥。」と思う進路に進んで欲しくないので、その契機の一つとなればとの想いで以下のように伝えます。
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10代の勉強の借金は中年になっても返せない。
子供がいるなら、それを子供に託すしかないのです。子供が自分以下(だと思われる)成績だと、2度負けた気がして我慢ならないんです。
畢竟、分不相応な勉強論、進学論を展開して子供を追い込むことになります。
「自分はもっとやっていた。」
「あそこの学校はレベルが低い。」
といったあいまいな記憶と自身の当時の学校偏差値記憶でしか、ものが言えなくなります。
実際にさほどの勉強量もなしに成績が良かったのなら、なぜその頭脳をもっと人類の発展に役立つ前人未到の研究に使わなかったのか。
「自分は勉強ができた」自慢をする大人ほど、無念さを抱えて生きているものです。
「勉強しても意味が無い」と言う大人も同様です。
その無念さは、自分自身が晴らすものです。子供が代わりに晴らすものではありません。
それぞれが培った能力を活かして社会に貢献する、それでいいのです。
自分に最適な進路は何か?それを自分の頭で考えてください。他に委ねないでください。
考える力をつけるためにも勉強は大切です。心の強さを作るためにも必要です。いくらやっても、後から振り返って後悔は残るかもしれませんが、残るとしてもそれをできるだけ小さくしてください。
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誰をも恨んで欲しくないし、どの職業も低く見て欲しくないです。